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「ちあきなおみ」について

前回に続いて、めちゃくちゃ歌がうまいにもかかわらず、いつの間にか消えてしまった気になる歌手として、今回は「ちあきなおみ」について書きます。
平成4年、突然の夫の死去に伴い、活動を停止して以来、既に14年、彼女は今日まで一切の芸能活動を絶っています。

s-chiaki ちあきなおみは昭和22年9月17日、東京都板橋区生まれ。58才、なんと技巧派歌手にとって、最も円熟した重要な時期であったはずの40歳台半ばからの14年を、丸々棒に振ってしまったことになります。

ここで、ちあきなおみの履歴を簡単に振り返ります。
デビューは、昭和44年「雨に濡れた慕情」、翌年「四つのお願い」で大ブレーク。
昭和47年、ご存知「喝采」で第14回日本レコード大賞を受賞とトントン拍子。
そして、昭和53年、俳優で宍戸錠実弟である郷鍈治と結婚を機会に暫時休職。昭和56年以降、夫郷鍈治がプロデューサー兼マネージャーとなり、ドラマ・映画そしてアルバムづくりと、多彩な活動を再開。昭和62年からはCM「タンスにゴン」における怪演ぶりが人気となり、このCMは平成3年まで続く。
昭和63年、11年ぶりに紅白歌合戦に出場し、ヒット曲「赤とんぼ」を熱唱。
平成元年には、東京シアターVアカサカにおいて、初の舞台おまけに一人芝居で、伝説のジャズシンガーのビリー・ホリデイの最後のステージを描く「LADY DAY」を一ヶ月間ぶち抜き、好演。月刊「ミュージカル」選出の1989年ミュージカル・ベストテンにおいて、第3位。タレント部門でも、大地真央鳳蘭に続いて、ちあきなおみは堂々第3位に選出されている。

かくのごとく、単なるレコード大賞歌手に留まらず、独特の個性を主張する、わが国でも稀有のスケールの大きな歌手として、順調に大きく成長し続けていたにもかかわらず、最愛の夫の死により突然姿を消してしまったのであります。
あまりに休業が長いために、今や「伝説の」と形容されがちなちあきなおみでありますが、彼女のスケールの大きな歌のうまさは、尋常ではありません。したがって、文字通り「伝説の歌」は以下のとおり枚挙に暇がありません。

伝説の「夜へ急ぐ人
昭和52年の紅白歌合戦で、満場の観客を飲んでかかる独特の個性的なパフォーマンスで、度肝を抜いた。とりわけ、最後の鬼気迫るスキャットは、いまだに語り継がれるほどに秀逸。

伝説の「矢切の渡し
もともとは彼女のレコードのB面の曲であったが、浅草演劇の梅沢富美男の舞踊の伴奏曲など、超長期の人気を保持したにもかかわらず、後からカバーした細川たかしの方が、レコード大賞を取るという、ちあきには不運な展開となってしまった歌。

伝説の「朝日楼」
この歌の原曲は、あのアニマルズの「朝日のあたる家」であります。原曲をあの淺川マキが訳詩して、女郎屋「朝日楼」として作り変えた歌です。絶品です。どういうわけか、ちあきは遊女を歌わせると、卓越した歌のうまさが全面発揮される気がします。

最後に、個人的に勝手に選んだちあきなおみベスト5です。
1位:朝日楼 2位:かもめの歌 3位:夜へ急ぐ人 4位:矢切の渡し 5位:黄昏のビギン

いずれにいたしましても、死んだ旦那さんを偲ぶのも結構でありますが、いくらなんでも14年も偲び続ければもう十分ではないでしょうか?他に類を見ない得がたい才能なのですから、そろそろ活動を再開していただきたいものであります。